江戸時代後期

小袖はますます人気を得て、江戸時代も後期になると、公家のあいだでも、祭り事のとき以外では小袖を着るのが普通となったようです。

また平和な時代が続いたので、小袖もより華美になり、そこから「振袖」が生まれました。

振袖の誕生

振袖のルーツになったのは、子供の小袖だったそうです。
鎌倉〜室町時代には、体温の高い子供の小袖は、体温を逃がすために振り八ツ口を開けていました。

これは男子、女子ともに同じだったとのことです。
男子は17歳の春、女子は19歳の秋に、袖を短くし、脇を塞いだのだそうです。

江戸時代に入り、小袖の袖が、徐々に長くなっていったそうです。
江戸初期には55〜95cmくらいだったものが、江戸末期には、95〜122cmくらいにまでなったのだとか。

袖が長くなったのは、一つは平和な時代になり、舞踏を習う女性が増えたからとされています。
踊る際には、やはり袖が長いほうが身振りがきれいに見えたからです。

振袖は、やがて女性の着物としてのみ発展することとなりました。

関所を通るとき、未婚女性は振袖を着ていないと、年齢や身分をごまかしているのではないかと疑われ、通してもらえなかったため、「未婚女性は振り袖を着る」のが通念になったそうです。

天明の大飢饉により木綿や麻の着物が発達

江戸後期、天明の大飢饉があり、経済状態が厳しくなりました。
そこで1785年、幕府は庶民に、絹の着物を着ることを禁止しました。

そこで発展したのが、木綿や麻の着物です。
また下町には端切れ屋が流行り、一般庶民はその端切れで着物を修繕しながら、大事に着るようになりました。

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